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 そうこうして僕は結局、男のひとに連れられて近くのコンビニまでのこのこと付いてきてしまった。
それでいてコンビニの外のドア付近で、男のひとが出てくるのを待っている。
男のひとはいま、レジの前で僕らが食べる肉まんを清算している途中だった。

 まったく、自分でもどうかしてると思う。
突如、僕の目の前に現れた謎の男―…。見た感じは悪いひとではなさそうだけれども。
でもだからといって、今さっきはじめて会った知らない人間といきなり行動をともにするなんてミサトさんが知ったら何て言うだろうか。

(だけどなんでだろう。あのひと、疑ったらいけないような。そんな気がする)

美しいサファイアブルーのイルミネーションできらめく並木道を複雑な思いで眺めていると、クリスマス・ベルの音が聴こえるとともにコンビニの自動ドアが開く。

「お待たせ」

あたたかな肉まんのおいしそうな香りとともに、ようやく男のひとが現れた。
正直、僕のお腹はもう我慢の限界だった。

「はい、どうぞ」

ふたりぶんの肉まんが入ったコンビニ袋を掲げて男のひとはそう言うと、中身を取りだし僕に渡した。

「あ、ありがとうございます…!いただきます」

僕は男のひとから肉まんを受けとり、包み紙からカサカサと肉まんを取りだした。
それから下のほうにぺたりと張りついている薄い皮を剥ぎ、ぱくりと肉まんにかぶりつく。

「…!」

 買ったばかりの肉まんはとてもホカホカしてやわらかく、ふわふわな生地とジューシーで甘い肉汁が口いっぱいに広がった。
なんともいえない幸せな味が、心にじわじわと染みこんでゆく。
“至福”……それが、今の自分の感情にぴったりとあてはまる言葉だと思う。
肉まんのおいしさと男のひとのまごころに、僕は感動して胸の奥から熱いものがこみあげてくる。

「おいしい?」
「おいしいです…すっごく、おいしい」
「…俺もだよ。おしいのって、うれしいよな」
「はい…!」

 コンビニの屋根の下で男ふたり肩を並べて熱々の肉まんを食べているのだから、ほかの客たちは奇妙そうな目つきで僕たちを見ていたけれど、僕はいっこうに気にならなかった。
男のひともまた僕と同じように、気にもとめていない様子で平気な顔をして肉まんを食べていた。
食べることが生きるよろこびとは、まさにこういった意味かもしれない。
誰かに親切にしてもらえるとこんなにもやさしい気持ちになれるのかと、僕は肉まんの味を噛みしめながら目頭が熱くなり、なんだか泣きたくなってくる。
いまこのときのすがすがしい感情を、僕は一生忘れたくない、いつまでも胸に抱いて生きられたらどんなにいいだろうかと、本気でそんなふうに思った。


「やっと、笑ってくれた」


 僕はその声の持ち主のほうに顔を向け、見上げる。
そのひとが機嫌よさげににっこりと微笑むものだから、僕はどきっとしてまた視線を逸らしてしまう。
気持ちをまぎらわしたいがために、あわてて肉まんを頬張った。

 すると、男のひとが唐突に、これから映画観にいこうよと僕を誘ってきた。
てっきり肉まんを食べ終わったあとは別れるのだと思っていた僕は、すっかり驚いてしまう。

「映画…ですか?」
「そう、映画。きみに元気になってほしいから」
「だけど僕、財布持ってきてません…」
「チケット代くらい俺が払うから気にしないでいいさ」
「そんなっ、悪いですよ」
「せっかくのクリスマスなんだから、遠慮しないで」

そう楽しそうに言った男のひとの瞳があまりにも無邪気に輝いていたから、僕はためらいつつまたしても断りにくくなってしまい、

「じゃあ、お言葉に甘えて…」

と、言葉をにごしながらもなんとなく承諾してしまった。
 僕の返事を訊いたとたん、男のひとはたちまち笑顔になる。





*******





 さっそく僕と男のひとは、大型ショッピングモール内に設備されている映画館に出向いた。
そこで上映スケジュールを確認したあと、ふたり分のチケットを購入し、座席指定をすませる。

 なんだか久しぶりに映画館へ来たような気がした。
家でDVD鑑賞するのも楽しいけれど、僕は映画館も好きだ。映画館特有の、ミステリアスな雰囲気がいいと思う。
あまり明るすぎないほのかな光を放つ照明、ロビーの小型液晶テレビに映し出される最新映画の予告、上映前の高揚感、売店のポップコーンの匂い。
僕は、思いのほか気持ちがはずんできて、映画館全体を見渡す。

「上映中なんかとくに、人が少ないほうが貸し切り状態みたいでワクワクするよな」

男のひとがそう口にしたから、僕もまよわず首を縦に振る。
人がまばらに歩いてはいるものの館内は意外と空いているようで、クリスマスイブなのにめずらしいこともあるものだと僕と男のひとは話した。
大抵の場合、土日は老若男女問わず大勢の人々でごった返ししているというのに。

(だけど僕、リョウジを捜してたのに。こんなところまで来てしまってよかったのかな…)

 僕が無料配布で貰った薄い映画紹介冊子をパラパラと読みながらほんの少し罪悪感に苛まれているあいだにも、男のひとは僕の隣でとても楽しそうにキャラメル・ポップコーンのSサイズを買っていた。
店員からお釣りを受けとると、男のひとは甘い匂いが漂うキャラメル・ポップコーンを片手に、

「俺さ、チョコレート・チュリトスにするか、それともハムとチーズのパニーニにするか迷ったんだけど…結局、キャラメル・ポップコーンを選んじゃったよ。でもホントはふたつとも食べたかったんだ」

と、はにかみながらそっと打ち明けてくれた。
見た目のわりには案外、食い意地の張ってる人なのかな?と僕は思いながら、上映前のトイレをすませるためにいったん男のひとのもとを離れて、そしてふたたび彼のところへ戻ると―――
まさかの光景にびっくりして、僕は開いた口が塞がらなかった。

「えっ、ポップコーンぜんぶ食べちゃったんですか…?」

 なんと、もうすでにキャラメル・ポップコーンのカップはきれいさっぱり空になっていた。
いくらSサイズだといっても、最近のはカップが大きいからそんなに少ない量でもないのに…
そう思いながら僕が驚愕していると、

「ごめん、あんまりいい匂いだったから少しだけと思いつつ食べてたらとまらなくなちゃって。それでいつの間にか、なくなってた。君といっしょに食べようと思ってたのに…」

そう言って男のひとは心からすまなさそうに謝った。

(なんだろ…、もしもこのひとを動物にたとえるなら。これは飼い主に叱られたときの、しょんぼりする犬の雰囲気と似てる)

 さながら犬のようにしゅん、とかなしそうなオーラを放つ男のひと。
それを見て僕はなんだか叱られたあとのリョウジの姿を重ね合わせてしまう。
そんな彼がかわいそうで、フォローせずにはいられなかった。

「あの、謝らないでください。全然怒ってないですから…」
「…ほんと?」
「それに僕、上映中は集中したいから別に食べなくても平気なんです」

(カップの中に山盛りで入っていたキャラメル・ポップコーンを僕のいない数分間で平らげてしまったなんて、すごい食欲だなぁ)

そう考えるとあんまりおかしくなって、思わず吹き出してしまう。
すっかり空になったキャラメル・ポップコーンのカップを両手で抱え、何で笑ってるんだい?と首をかしげ、きょとん、とした表情で訊いてくる男のひとに、

「…~っふふっ!だ、だって!あんなにあったのにもう食べちゃったなんてっ…あなたってすごく、おもしろいひとですね…!」

と、笑いすぎて痛い腹を抱えながら僕はこたえたのだった。



 それから僕たちはシアターに入って映画を観た。
僕と男のひとが鑑賞用に選んだ作品は、有名なSFロボットアニメの監督が脚本を手がけたことで話題になっていた60分ほどの特撮短編映画だった。
平和な東京に突如、異形の巨人が出没して破壊行為に及ぶ…というストーリーで、映像はなかなか迫力があった。





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