「痛い…」


 ツイてない、実にツイてない。

 今まで自分が幸運だなんて一度も思ったことはないのだけれど、今日は朝から良くないことばかり起こっているような気がする。
昨日の戦闘訓練で疲れ果ててアスカ共々ついつい寝坊してしまい、今朝アスカに叩き起こされて。
弁当を慌てて作って身支度を整え、家を出たまではいいものの、急いで走っていた為か転んで脚を怪我してしまった。

少し打ちどころが悪かったのかもしれない。

膝を思いきり打撲してしまったようで、その痛さに涙が込み上げてくる。
制服のズボンを捲りあげてみると、膝を擦り剥いて血が少し滲んでいた。
広範囲ではなかったからまだ良かったけれども、ヒリヒリとした感覚がじわりと襲ってくるのを我慢しながら、はっと気付いたのは弁当の安否。
急いで鞄を開けて中を見てみると、幸い中身は無事のようで、僕は安堵の溜息を溢した。

でも悪いに越したことはない、後でアスカにみっちり怒られるのだから。


「なんかもう、めんどくさいな」


 今から急いで学校へ向かっても、この時間じゃ完全に遅刻決定だ。怪我もまだ痛むし、少し休んでから登校しても許されるだろう。
そう思いながら近くにある人気の無い公園に足を運んで、ゆっくりとブランコに腰を降ろした。
しばらくぼうっと空を眺めていると、走って荒くなっていた呼吸も落ち着いてきた。

「ふぅ。とりあえず傷口、水で洗い流さなくちゃ」

そう思って立とうとした瞬間。

「あっ、いた!ちょっとォ、こんな所で道草してんじゃないわよバカシンジ!!」
「え?」

 日常的に聞いている、はっきりとした明朗な声。
もうすでに学校へ行ってしまったと思っていたアスカがこちらへ向かってズンズン歩いてくる。
そして仁王立ちしたアスカがキッと睨んだような表情で僕を見下ろした。

それにしてもどうしてアスカが戻ってきたのか、僕は謎だった。

「アスカ、何でここに」
「何でじゃないわよ、なかなか来ないから気になって戻ってきたの!悪い!?」
「いや、別に悪いとは言ってないけど。だって、それじゃあアスカ遅刻しちゃうよ」
「どうせあの時間に家出ても遅刻してたもの」
「それはそうだけどさ…」
「…怪我してるわね」
「あ、うん。急いで走ってたらつまづいちゃって」
「なにそれっ、ほんっとドジで間抜けなバカシンジ」
「…ごもっともです。僕、ちょっとそこの水道で傷口洗ってくるよ」

遊具の近くにあった水道まで歩いていゆき、蛇口を捻って水を出す。
ジャー、と勢いよく流れる水道水で傷口を洗っていたら、後ろからアスカが覗き込んできた。

「そんなに酷い怪我じゃないみたいね、良かったじゃない」
「うん。弁当も無事だったから安心したよ」
「………。」

 それから3分ほど経過してもうそろそろ大丈夫かと思い、水道の蛇口を捻って水を止める。
持参しているハンカチで擦り剥いた膝の傷口を軽く拭いていると、アスカが何やら鞄をゴソゴソしはじめた。
アスカが鞄から取り出したものは…。


「シンジ、私のこれあげるから今、使いなさい」


 アスカが鞄から取りだした物は少し大きめの絆創膏だった。
そういえば僕は傷口を塞ぐものを何も持っていない。珍しく親切なアスカに驚いて僕は首を傾げた。あのアスカが?

「えっ、いいの?これ使って」
「何回も言わせないで、使えって言われたら使いなさいよ。そんで学校着いたら保健室行ってちゃんと消毒してもらったら」
「アスカ…」
「いくらバカシンジでも私の弁当作ってくれるんだから、私は借りを作りっぱなしは嫌なの。ありがたく思いなさいよ!」

これはもしかして、アスカなりに気を遣ってくれてるのだろうか?
アスカって普段は強気で思ってることは何でも言ってくるし、ツンツンしてるけれど、今だってわざわざ戻ってきてくれて僕と一緒にいてくれている。
実は意外と優しいのかな。そう思うと可笑しくて思わず笑ってしまった。

「ぷっ、はは、アスカってほんと…」
「ちょっと何笑ってんのシンジ!」
「あ、いや…何でもないよ。ありがとう、アスカ」
「ふん。当然よこれくらい」

 きっと照れ隠しなのか、アスカは僕に絆創膏を渡してぷい、とそっぽを向いてしまう。
本当に素直じゃないんだね、と言いかけてやめた。僕だって人のこと言える立場じゃない。
ペタリと張った絆創膏を、剥がすのがもったいないかもなんて心の片隅で思う。





End.



2010.07.10


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