適当に言い訳をして加持とマリから距離を置いたものの、意気消沈したシンジにとってそれは気休めにはならなかった。
おもしろくない、と感じる自分のずるさにうんざりした。

(ぼくのほうから遠ざかっておいて、そのくせさみしがってるなんて…)

 遠くにいるふたりの様子をちらりと盗み見る。
ちょうど、お茶休憩をしている加持が温厚な面持ちでマリの頭をぽんぽんと軽く叩いている途中だった。シンジは思わずはっとして目を逸らす。

―――加持さん、ぼく以外にもああゆうことするんだ…。

「当たり前か…ぼくだけ特別扱いされたいなんて、虫がよすぎるよ…」

自分自身の心の矛盾をコントロールできずに振り回されるのが、かなしかった。

(女の子にするなら、ぼくと違ってなおさら可愛いんだろうな)

 もどかしさを払拭するため、シンジはとりあえず目の前の仕事に集中力を注ぐことにした。
スイカの状態を確認したあと黙々と玉返しをして、それが終わったらまた次のスイカに対して同じ段取りで作業をこなしてゆく。その繰り返しだった。

(これも、そこのも、あそこにあるのも…いっぱい成長して甘くておいしくなるといいな。加持さんが手間と時間をかけて育てた、大切なスイカだから…)

 いったん手を動かすのを止め、シンジはふぅ、と大きく息をつく。と、左横側からこちらに誰かが歩いてくる足音が聞こえた。
立ち上がって軍手を外すと、こめかみの辺りから流れた汗がぽとりと地面の土に落ちる。
シンジのいる場所から2メートルほど先の位置に、緩く腕組みをしたマリが見守るような優しい瞳で立っていた。


「彼、とても熱心だね」
「ええ、ほんとですよ。…このスイカだって、出荷してもどうしてもいくつかは商品にならないものがあって、ぼくたちだけで食べきれない分は知り合いやご近所さんにもおすそ分けしてるくらいなんです。そもそもスイカって野菜のくせに、料理のバリエーション少なくて困るんですよね…」
「ちがうちがう。スイカにもお熱だけど、そのことだけじゃなくてさぁ~…」


 要注意人物は赤縁メガネをきらっと光らせ、突然、ぬっと異常接近してきた。

「…もしかして気づいてないの?」

そのままキスされるのではないかと思うくらいの距離まで顔が近づけられ、シンジはあわてておののく。
対応する間もなく、シンジの頭の両側は彼女の両手で挟まれるような形でがしっと固定された。
耳の下の辺りに、ほんのわずかな鼻息がかかる。

「っ、へ!!?ちょっっ、なんですかっ」

(何の前触れもなく迫るなよ…!!しかもこのひと、ぼくの身体の匂いを…嗅いでるの………?)


「くんくんくん。あ~~~!これだよ、これ。たまんないなぁ。前々から思ってたんだけど、やっぱキミ超いい匂いがする。ボディソープなに使ってる?それとも素でこんないい匂いなの?あんまりいい匂いさせてると盛ったケモノに襲われちゃうよぉー?」


うっとりと目を輝かせるマリの発言の意図が不明すぎて、シンジは気味が悪くなり若干引いてしまう。

(―――マリさんってやっぱりちょっと変わってるなぁ…。だけどケモノに襲われる…ってなんだ?言い回しがよく分かんない…)

「…ぼく汗かいてるんですよ。冗談よしてもらえませんか」
「嘘なんて言わないよー。…それはともかく、ワンコくん」

再び妙なあだ名で呼ばれたあと、ほんの数秒沈黙が流れた。
そのあだ名やめてほしいなぁ…でもマリさんに言ってもどうせ変えてくれないどろうし…とシンジが考えていると、


「嫉妬してんのバレバレだにゃ~。傍から見てたら一目瞭然。紛れもない事実よ」


あっけらかんと言ってみせるマリの思いもよらぬ一言に、仰天して後ろへ思いきり飛び退きそうになった。


「なっ…?え、えぇっ!??」
「鈍感な男のコが片想いしてんのって、かーわいいなァ。う~んでも…片想い………?まっ、とにかく青春じゃん」
「何が言いたいんですか!」
「キミは考えすぎなんだってば。もっとシンプルにさぁ」
「…ぼくは…あなたみたいにはなれません」
「私みたいになれなんて言ってないよー」
「あの…マリさん、この事は…」
「他言無用でお願い、でしょ?オッケ~、了解!」
「………。」
「信じてよー、そんな焦んなくたって横取りなんてしないから。それとやきもち焼くんだったら加持さんの見てるとこですれば?割と進展するかもよー、ワンコくん。応援してるわ」


(片想い…!?応援って…!!?どういうことなんだよ…??このひと、ぼくの気持ちをいつのまに知ってたんだ!?なんかこわい…)


シンジは思わずうつむいて自分の履いているスニーカーのつま先を見つめながら、混乱する頭の中を整理しようとした。


―――ぼく、この子の前で、加持さんへの気持ちをうっかり漏らしてた?いや、何も言ってないはず。
だとしたらなぜ、さも当然のごとくぼくが加持さんが好きだと自信ありげに公言できるんだ?謎すぎるよ!


 考えてもいまいちよく分からなくて悩みぬいた末―――…シンジがマリに意味を問いただそうと再び顔を上げると、そのときもうすでに彼女は帰路の途中で、自転車の置いてある砂利道へ戻るためにスイカの段々畑の上の通り道を颯爽と歩いている最中だった。


「うそ…。もう帰っちゃった…」
「シンジ君」
「…ひぇっ!!?」


 ふりかえると、シンジの後ろにいつのまにか加持が来ていた。
考え事に夢中で、加持の近づいてくる足音にさえも気づけなかったのだ。


「ひぇってなんだよ、ひぇって。そんな驚かなくてもいいだろ」
「すいません…」
「あいつ、もう帰んのか」
「みたいですね」
「……、ふたりでなに話してたんだ?」


 ふいに疑問の込もった視線を投げかけてくる加持に、そのうえ先程までとすこし違う声のトーンで話しかけられてシンジは面食らった。マリと秘密を共有してしまったことが―――悪いことをしているような気になって、穏やかなのにどこか探ってくるような加持の視線から目を逸らせなくなってしまう。

「あ…えっと…」
「シンジ君、慌ててたみたいだったから。何かあったのかと」

―――加持さん、見てたの?言いかけて、シンジは一瞬、躊躇った。マリとの会話の内容。
自分が一方的に勝手なはやとちりをして彼女を敵対視していただなんて、これではまるでただの自意識過剰だ。

(わー…、もうやだやだ、恥ずかしすぎるよ…!!ぼくってそんなに鈍感なのか…?)

「加持さんには絶対教えません」

そう答えたあと、焦るあまりつい心にもないことを口走ってしまったのをシンジは後悔した。すると、

「なんだそりゃ。…あ、」

俺としたことが、しまったなぁ~…、と加持が怪訝そうにわしわしと頭を掻く。

「?どうかしたんですか」
「すっかり忘れてた。あいつの知り合いに美人のおねえさんがいてさ。20代前半のコらしいんだけど、連絡先聞いときゃよかったよ」
「…!」
「なぁところでシンジ君、今日さ、あいつの姿を見て改めて思ったんだが、なかなかの美脚の持ち主じゃないか?アスカといい、最近の女の子はちと背伸びしすぎだな。正直、畑に丈の短いワンピースなんて着てこられると目のやり場に困るよ。まぁしかし…なんだ…、腰のくびれの辺りなんかは葛城なんかのほうが断然…、」

やや締まりのない微笑で顎に手を添えながらよからぬ想像を巡らす加持の態度に―――…シンジのなかで、何かがプツンと切れた。


「ねぇ加持さん、これ以上…携帯に………女のひとのアドレス増やして、どうするつもりなんですか……………」


無表情のシンジから放たれるドス黒いオーラに、ただならぬ状況になってしまったことををすぐさま悟った加持は、


「なんてな、冗談に決まってるじゃないか」


と、軽い口調でシンジの肩に手を置きなだめようとする。しかし、シンジの機嫌はいっこうに鎮まる気配もなく。


「ぼく、知ってるんですよ…加持さんの携帯のアドレス帳には、女のひとの連絡先があんなにいっぱいあって…」
「シ、シンジ君…?」
「…ぐすっ…」
「…!?」
「いいかげんにしろよ加持さん…!そんなんだからモテるくせにいつもフラれるんだっ!そのたびに話を聞かされるぼくの身にもなってよ!!!!」


とうとう、シンジの抑えていた怒りが爆発した。


「え、怒ってんのか…」
「もういいです。ぼく帰ります。今後一切、加持さんの畑になんて来ません」


 その一言は加持にとっては予想だにしないものだったらしく、彼は眉根を寄せて一瞬ぎょっとして、しばらくすると今度はぎこちない表情になった。


「…本気じゃないよな?」


 ―――…あーあ、相当ダメージ食らってる。このうろたえっぷりっていったらない。
加持さん、畑に関しては思い入れが強いみたいだからちょっと意地悪してみたけど、まさかこんなおもしろい反応が返ってくるなんて思わなかったな。
ぼくが今日いちばん見たかった加持さんの表情だ。「やられた…」って目がショックを語ってるよ…。
いつもの大人の余裕な態度が消えてて見苦しいですよー?
 真摯で優秀なビジネスマンと見せかけてどこか胡散臭くて、謎だらけで達観した物言いで人生の説教もする。
おまけにルーズなのか几帳面なのかハッキリせずにたまにオヤジくさくて女たらし。
掴みどころのない性格、人のことからかってるときの自信たっぷり感のある雰囲気や顔が腹立つ…、イライラする、ムカつく!
………でも、そんな男のひとに惹かれてる、ぼくだって…。うん…やっぱり認めたくない、認めたくないよ!
今日は最後まで付き合うつもりだったけど、前言撤回だ。やめた。
加持さんなんて置いて帰ってやる。畑仕事もぜんぶひとりでやればいいんだ!!


「…!?そう言わずにさ、考え直せって…。俺のこんな趣味に付き合ってくれんのシンジ君くらいしかいないんだよ………、真面目に…」
「知りません。ほかの女のひとでも誘えばいいでしょ」


今は何を言われたって引き留められまいと、シンジは低い声音でぴしゃりと冷たい台詞を放ち、溜息を溢すと加持に背を向けて歩き出した。が、しかし…


「…そういうことじゃなくてだな…、この夏ふたりで育ててきた可愛いスイカだろ。プランターのほかの野菜だって、シンジ君の協力がなければ成功してなかったかもしれない」


加持は一向に食い下がる気配がなく、なおもシンジのあとを着いてきた。


「…………。しつこい」
「なぁ待ってくれシンジ君!頼む…」
「って…!?ぎゃあああーーーっ!ちょっ、なに突然うしろから抱きついてんですか加持さんやめてーーーーー!!汗くさい!スイカくさい!暑苦しい!離してーーーーーっ!!!!」
「やだ。俺の畑に来てもいいのは誰でもいいわけじゃねーんだよ…」
「え…?~~~~~っ!…あっっ、うひゃぁっんっ!や、やだぁっ、あっ、あはっ…ははは!そ、そこっ、くすぐるの、やめてくださ………んっ…」
「お、どうした。いま、ビクってなったな。ここがいいのか、ん~?」
「や…っ、だからそこ…だめ…ですってば…っ!…だめぇ………!!ぁっ」




―――そんなスイカ畑でのふたりのやりとりを遠目で見届けながら、軽快に自転車を走らせて帰路につく女子が一名、にやりと笑ってひとりごとを呟いた。




「ワンコ君、案外うまくいってるんじゃないかにゃ~。うん、快晴、快晴、ガンバレよ、っと!…って、うおわああぁぁっ!?この下り坂、相変わらずすっげースピード出るなぁー!ま、でも…面白いから、いいっ!」





 両者が手強くその気持ちは前途多難、だけど幸先悪くないと思わない?





End.


2014.11.03


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