浅い眠りのなか、夢の中にいることが自分でも分かる。
それはぼんやりとした薄暗い世界のなかに漂っていて、光が見たくて出口を探している夢だった。
誰もいない、なにもない、僕だけがこんな場所に存在している。僕はこの世界が嫌いだった。
怖かった、誰とも通じ合えないこの世界が。
空虚と恐怖に飲まれる前に、一刻も早く脱出しなくちゃいけない。嫌だ、どうしても、こわい。

僕は、この場所にだけはどうしても居たくない。

 目を覚ますんだ、起きろ…!
そのうちだんだん意識がはっきりしてきて、瞼を開けると朝日が柔らかく視界を横切った。

「まぶしい…」
「お目覚めかい、シンジ君」
「わっ!?」

 驚いて近くで甘く囁かれたその声の主を見ると、そこにいるのは余裕の笑みを浮かべて自分を見つめる大人の男。
シンジ君おはよう、と加持さんは一言喋ってまたニッコリと笑った。

「お、おはようございます。あのっ、加持さんいつから起きてたんですか?」
「シンジ君が起きる15分くらい前かな。可愛い寝顔が見れてよかったよ」
「もう、なんですかソレ…」

このひとは何の躊躇もなく面と向かってそんなことを言ってくる。
一言一言に振り回されてしまうのは、自分が褒められるのに慣れていないだけなんだろうか。

「怖い夢でも見てたのか?うなされてたぞ」

 恥ずかしくて視線を逸らしたら、加持さんがクスリと笑った。
途端に脳内に蘇ってきた昨夜の事情を思い出したら、急に顔に熱が上がっていった。
あるきっかけを境に、この男は定期的に自分を抱くようになった。
最初は少しは抵抗したけども、今ではもうそんなことはしない。
拒絶して痛みを伴うより、身を委ねて受け入れるほうが気持ちがいいと知ったから。
快感に溺れる行為は自分の一種の現実逃避でもあるんだと、貫かれながら考えていた。

 たとえそこに、ほんとうに愛がなかったとしても。

「はい…ずっと前から、繰り返し見てる夢なんですけど」

僕はヒトがいる世界を望んだんだ。
なぜなら誰もいない世界なんてつまらないことを知ったから。
嫌われてもしょうがない、現実と向き合ってここで生きてゆくしかないのだと、自分は自分で他人は他人だと分け隔てて。


なのに、今でもずっと孤独を恐れてる。いつか誰かに突き離されるんじゃないかって不安が心を渦巻く。


「なぁシンジ君。俺が一緒でもこわい?」
「え?」
「俺が一緒でも…この世界がこわいかって、聞いてる」


ふいに向けられた真剣な眼差しに胸が締め付けられるような感覚になった。
苦しくて切なくなるような感情。敏感に相手に反応してしまう感性。
やっぱり、加持さんってずるい。僕のこと、今までちゃんと見てくれるひとなんていなかったのに。


「ねぇ加持さん。あなたはどこまでが本気なんですか」
「俺は本気だよ?君にはいつだって、ね」


 ほら、こんなふうに。
簡単にするりと入りこんでくるんだ、甘い魅惑で優しい声色で。
そのたびに僕のなかは、ぐちゃぐちゃに掻きまわされる。



(本気だなんて 嘘だと言われたほうがきっと、ずっとずっと楽なのに)



End.



2010.07.08 
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