現代パラレル※
加持さんはとんでもないキス魔だ。最近になってようやく、僕はそのことを知る。
セックスの最中はもちろん、マンションのリビング、キッチン、バスルーム、夕方の公園のベンチ、人気のない路地裏、車の中。
ふたりきりのとき、さまざまな場所で隙を見つけてはことあるごとにキスをしようとする。
「知ってる?身体のどの部分にキスするかによって色んな意味があるって。この前、本で読んだんだけど」
ベッドに仰向けにされて抱きしめられながら感じるのは、自分のとは全然違う体格の大人の男の、身体の重み。
せつないくらいどくんどくんと直接肌に伝わってくる―…心臓の鼓動と、繋がっているものの脈動が。
「キスの意味、ですか?」
「うん」
瞼をそうっと開けると、蠱惑的な熱っぽいまなざしと目線が混じりあう。
そして左腕に唇を押しつけられた。
「ぁ、」
きつく肌を吸われてちくりと甘い刺激になったそれは、自分が彼のものだという印を残される行為。
「ふぅん…僕に隠れてエッチな雑誌見てたんですね…」
「………。たとえば腕だと恋慕、腰は束縛、背中は確認、瞼は憧憬、胸は所有、だとか。ほかにもいろいろあるよ。もしシンジ君が知りたいのなら…直接おしえてあげる」
このひとが教えてくれる雑学のおかげで僕はどれだけ無駄知識が増えたかわからない。
それはまるで世界が広がるような感覚と似ていて誇らしい気分になった。
それでもやっぱり、無駄知識は無駄知識だったけれど。
「じゃあ加持さんは、そのなかのひとつを選ぶとしたら…どれを選ぶんですか」
どう答えてくれるのか気になって、なんとなく訊いてみると。
「…すべてさ」
「ぁ!ん、うっ…ぜんぶ?」
「そう。俺のすべての感情をシンジ君のなかに…注ぎ込めたらいいのに」
加持さん、と名前を呼べば、改めて両脚を抱え上げられて尻が浮き上がり、恥ずかしい格好にさせられてしまう。
*******
「あ、うぁっ」
「中に出すから、全部受けとめて。こぼさないで…。一滴でもこぼしちゃったら、そうだな…お仕置きしちゃおうか?」
繋がっている加持さんのものが痙攣したかと思うと、身体の奥にとろりとした熱い潤いが流れこんでくる。
「はぁ…っ」
どんなに深くつながっていても狭い中だけではすべての白濁を呑みこみきれない。
僕の中から受けとめきれなかった分が、とぷりと溢れ出るのを感じた。
「…ん、」
射精後の余韻にまどろむ僕に、加持さんは優しげに微笑んでから顔を近づけ、そっと唇とこめかみのあたりに触れるだけの軽いキスをしてくれた。
それは不思議なほどにリラックスできるキスだ。
絶頂後にキスをするのはたぶん、彼のクセなんだろうとぼんやりする頭で考えた。
(付き合うまで、加持さんがこんなにさびしがり屋さんだなんて知らなかったな…。でもそれで加持さんのこと、ますます好きになっちゃった…)
はやく続きをしてよと懸命に思いながら加持さんが動きだすのを待っていたのに、加持さんは僕をじぃっと楽しそうに見ているだけで、しばらくたっても再開する気配がない。なんだかいたたまれなくなって、はやくめちゃくちゃに貫いてほしい一心で彼の首に腕をまわし、腰に脚を絡みつける。僕なりの、精一杯の懇願で。加持さん、と訴えるように云うと彼はなぜか満足げにくすくすと笑う。
「あーあ、こぼしちゃったか…なんてな。さっきのは冗談。これ以上するとシンジ君の身体が心配だから、やめとく。今日は学校だったし、金曜だから疲れてるだろ?」
なんてことをひっそりと言い僕の中からずるりと性器を引き抜き、色っぽい仕草で前髪を掻きあげると身体の上からゆっくりと退かれた。
「え、でもっ。そんなこと云ったら、加持さんだって今週ずっと仕事で忙しかったんでしょ?」
それなのに僕より全然余裕たっぷりで元気で、加持さんは僕の心配ばかりしている。
「やだ…!ぼく、平気です…だから、して…?」
やめてほしくなかった。
自分がどんなに恥ずかしい台詞を喋っているのか承知の上で。
「だめ。俺の大事なシンジ君の身体に、あんまり無理させたくないんだ。今日はもう休んだほうがいい」
「無理してないですっ」
「…っ、だめだ。なぁ、わかってくれ…」
彼は訴えるような切ない声でこたえると、僕の頭を自分の胸に引き寄せてぎゅっと抱えた。
そのひとことでやっと僕は―…彼が僕を思いやって辛抱強く我慢してるということを読みとり、慌てて今の主張を取り消す。
「あ、ごめんなさい…!ぼく、ついワガママ言っちゃって、」
―――…子どもじみたわがまま。これだから僕はダメなんだ。
揺るぎない彼の思いやりに触れるたび、自分がとても子どもで間抜けに感じる。
言葉を口にして言われないとそうだったのかと納得できなかった自分自身がなさけなくて、どうしようもなく気持ちのやり場をなくす。
「いいよ気にしないで。お互いのためなんだしな。…なぁ、ところでさ。明日は一緒に過ごせる?」
中途半端な躰の疼きともどかしさを胸に抱えたまま、とりあえずこんな自分を誤魔化したくて、だいじょうぶですよ、と腑抜けた返事をしてしまう。
それでいて顔に火がつきそうなほど気が気じゃないくらい恥ずかしくなる。さっきまでの自分の思考に。
今夜はお互いくたくたになるまで…できるのだと思いこんでいたから。
「遊びにおいで。鍵開けとくから」
「はい…。じゃあ僕、お昼ごはん作りますね」
「明日の昼飯くらい俺がつくるさ。シンジ君はゆっくりしててくれ」
左隣に移動した加持さんは僕に身体を密着させてうつ伏せの格好で横たわり、枕の上に頬杖をつく。
挙句の果てにはエリック・クラプトンの『Change The World』という曲(加持さんの車にCDが置いてあって、よく流れているから覚えてしまった)を小声で口ずさみだすほどだった。
どうやら彼は今、とてもご機嫌らしい。悶々とする僕をさしおいて。
しかも何でこんなに無駄にイイ声なのか…いつか加持さんが本気で歌ったところを見てみたいと考えていると、
「シンジ君の小さなわがままなんて、俺にとっちゃ大したことないんだ」
眉尻を下げて物柔らかな顔つきでそう言われて、胸の奥がきゅうっと切なくなる。
やっぱり大人ってずるい、と素直に思う。
そして、うっとりするような口調で言葉は続いた。
「心配しなくても、明日の夜は…シンジ君の可愛いわがまま、たっぷり訊いてあげる」
「…!」
“だから楽しみはとっておこう”だなんて素晴らしいほどの決め台詞で締めくくり―…加持さんは僕の身体を引き寄せ、唇にまっすぐキスをした。
戸惑いながらも唇を開けば、隙間からやわらかくてあたたかな舌が押し入ってくる。
「…ん、っ」
素直に嬉しいけれど…このひとはもしかしてわざと楽しんでるんだろうか。
完全に掌で踊らされている気がする。
付き合い始めてからも加持さんは以前のように変わらずとても優しかったし、一緒にいると本当に楽しい。
いつだって紳士のように見えて、その一方で裏を返せばさっきみたいにいきなりサディスティックなことを言ってきたりと、僕をあたふたさせるのだから―…
それとなくいじめられているような気分だった。なんにしろ、思い当たる節がありすぎる。
(ただひとつ厄介なのは。僕の弱みをたくさん握られて、いじわるされる機会も多くなった、ってこと…かな)
大人のやりかたでこんなふうにからかわれるのは、未だに慣れない。
相手が好きなひとなら、なおさら。
この加持リョウジという男をすみずみまで観察しつつ、彼自身も知らないような弱点を探しだしてやる、と僕は考えこむ。
「僕だって、負けないもん…」
ちょっとだけ悔しくなって加持さんに睨みを効かせながらそう言葉を押し出せば、案の定また揚げ足を取られてしまった。
「負けるだって?わかってないなぁ。まぁ、俺そういうシンジ君の鈍感なとこ好きだけど」
「ど、鈍感なんですか?ぼく…」
「俺の弱みは、君さ」
「……っ」
End.
2013.02.12
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