「シンジ君、これって…?」

 遅くなっちゃいましたけど誕生日プレゼントです、と、はにかみながらシンジが渡してくれたのは、青純色で無地の男性用の甚平だ。

「僕、加持さんと付き合い始めるまで、ついこのあいだまで加持さんの誕生日を知らなかったじゃないですか。だから、もう終わってしまったけど何か贈りたいなぁ、って思ってたんです。半年は経っちゃってますけどね。加持さん、よかったらこれ…受け取ってもらえませんか」
「これをくれるのかい、俺に…」

 シンジが差し出してくれた甚平を、俺はそっと受け取った。
丁寧に折り畳んであるそれを広げると、浴衣地なだけに肌触りもよく、見た目はシンプルだけれども、どこか気品さが漂っている。
俺は感心しながら丹念に甚平を見回す。この甚平を選んだシンジはなかなかセンスがあるな、と思う。
色のチョイスも良く、彼が自分の好みのものを分かってくれていることに、ただただ感激した。

「あの、加持さん。実はこの甚平はね、」
「ん?」

シンジは遠慮がちに俺の様子を窺うように上目遣いをしてから、少しだけ距離を縮めてこっそりと呟いた。

「…僕が作りました」
「えっ、これシンジ君の手作りなのか!?」
「はい。ちょっとだけ頑張っちゃいました」

 俺はびっくりして、自分が今、手元に持っている青鈍色の甚平を再確認するようにじっくりと見直す。
とてもシンジのような年代の男子が自ら作ろうとするようなものとは思えないような代物だ。
こんな突然のサプライズがあるなんて全く予期していなくて、普段これといって涙脆いような性格ではないのに、柄にもなく目頭が熱くなって。
そのままじいっと甚平を眺めたまま、呆然と立ち尽くしてしまった。
つい最近、シンジに自分の誕生日を教えた時にきちんと覚えておいてくれんだろう。
学校の勉強やネルフ通い、家事の忙しい合間を縫って作ってくれたに違いない。

「あ、もしかして手作りは嫌ですか?」
「まさか!君が俺に着てもらいたいと心を込めて作ってくれたものなのに、すごく嬉しいに決まってるだろ」
「でも…、」
「何でそんなこと言うんだ?嫌なわけないさ。俺、こんな感じの和服を一着欲しいと思ってた。それに、シンジ君が俺のために一生懸命頑張って作ってくれた甚平だ。…ほんとうに、ありがとう」

そうしてシンジに改めて向き合い、お礼を言う。
シンジのまごころの込もった素晴らしい贈り物に、心から感謝の気持ちをこめて。

「ど、どういたしまして」

俺の感嘆の声にシンジは緊張がとけたようで、ほっと胸を撫で下ろしてほんわかとした笑顔になる。

「それにしてもよく出来てるな。大したもんだよ、まったく」
「ありがとうございます。何にしようか色々迷ってはいたんですけど、やっぱり普段から使えるようなものがいいじゃないですか。僕、前から思ってたんですよ、加持さんって和服が似合いそうだなって。それで、同じマンションに住んでる和裁が得意なおばあさんに型紙から作るのを教えて貰ったんです。作るのは簡単じゃなかったけど、穏やかな人だったし本当に丁寧に教えてくれたから…ちゃんと完成できました」

だからそのおばあさんにもすごく感謝してるんですよ、とシンジは優しい声色で語った。
シンジがそこまで言うのだから、よほど温厚でいい人なんだろう。そんな気がする。

「俺も会ってみたいよ、シンジ君がお世話になったそのおばあさんに」
「ふふ、また今度紹介しますね。あ、でも。あのおばあさん面食いだから加持さんなんか連れて行ったら、きっと大騒ぎするんじゃないかな」
「そしたらシンジ君が拗ねちゃう?」
「拗ねませんよっ!」
「いやー、しかしシンジ君は家事や料理もこなせる上に今度は裁縫ときたもんだ。将来有望すぎるぞ~」
「褒めすぎですって。僕なんてまだまだです」
「さすが俺のお嫁さん候補」
「ちょっ、何言ってるんですか加持さん!!」

 照れて反論するシンジを横目で見ながら青鈍色の甚平を身体に合わせてみれば、サイズもちょうどよく丈もぴったりだった。
無地、というのも、気品のあるこの甚平の良さをある意味引き出しているのかもしれない。
男だから、とは言わなくとも自分は今まで一度も裁縫なんてしてみようと思ったことはないのに、シンジは誰かに助けられながらも、この歳で見事にやってのけている。
俺は目の前に立っている少年のことを純粋に尊敬した。
シンジ自身が自分の魅力に気付いていないだけだ。
それをこういう形で本人に教えてあげるのは、俺の特権でもいいかもしれない、なんて考えつつシンジの頭を撫でた。

「加持さん、なんかニヤニヤしてる」
「…えっ」

シンジが訝しそうな表情をしているのは気にしないとして、せっかく貰ったものなんだし、今夜からさっそく寝巻用にでもしようかな…と言いかけたが俺は次の瞬間、あ、呟いてある提案が頭をよぎる。
もちろん寝巻としてもフル活用するつもりだが、和装といえば、着て行くのにぴったりな、とっておきのイベントがあるじゃないか。

「なぁ、来月に元箱根湾で湖水祭があるだろ。一緒に行かないか?屋台もたくさん出るらしいし、あと花火大会もやるらしいぞ」
「わぁ…!お祭り、ですか」
「俺、その時にこの甚平を着て行きたいんだ。祭りに甚平、ってのがやっぱり粋だろう?」

そう訊けば、シンジはなるほど、と頷いて少し首を傾げた。

「分かりました。じゃあ僕もその時は甚平を着て行きますね。加持さんは甚平着てくるのに僕だけ普段着っていうのもちょっと変だし…」
「すごいな、シンジ君の分まで。おっ、もしかして俺とお揃いとか?」
「なっ、そんなわけないじゃないですかっ。あ、でも加持さん、お祭りの日…仕事は大丈夫なの?」
「心配ご無用。むしろシンジ君を誘おうと思ってわざと空けておいた」
「もう、ホントそういう計画だけはちゃんとしてるんだから。だけど僕、誰かとお祭りとか行ったことないから…楽しみです。打ち上げ花火、早く見たいなぁ」


「約束するよ。俺がシンジ君の隣で、花火を見るって」


 俺が真面目にそう言った途端、シンジは大きな瞳をぱちくりと瞬きした。
その頬を両手でそっと包みこんだら、みるみるうちに赤くなってゆく。
相変わらず初心な反応が、見ていて楽しかった。
この後、きっとまた照れ隠しで反論の言葉を吐かれるのだろうけど、シンジ自身が俺の誘いにとても喜んでくれていることはよく分かっている。

「だ、だからそーゆうのやめてくださいって前から言ってるじゃないですか!加持さんのクサい台詞を聞いてるとこっちが恥ずかしくなりますっ」
「んー…、慣れない?」
「慣れません!」

 自分じゃ全然気にならないが、そんなに俺は普段変なことを言っているのだろうか。
たしかに、シンジや葛城をからかうのは得意かもしれないけれど。なかなか素直になってくれない葛城やシンジには、多少言い過ぎかな、くらいの対応でもいいかもしれないと俺は勝手に思っている。
そしていつもの如く、俺は意地を張っているシンジの反応見たさに柔らかなほっぺたを摘まんで、その感触を確かめるようにむにむにと引っ張った。
もう日常的になってしまっているそんな行為にいちいち反抗することが面倒くさくなったのか、シンジは俺をスルーして祭りの話題へと変えた。

「ねぇ加持さん。僕、お祭りに行ったらりんご飴が食べたいです」
「りんご飴でも焼きそばでもクレープでも、そのくらい俺がいくらでも奢ってやるさ」

 お祭りのときくらいエヴァのパイロットであることなんか忘れるくらいに楽しませてやりたい。
シンジには、知ってほしかった。辛いだけじゃなく、色々な楽しい世界があるのだということを。
それが俺の願いでもある。自分がシンジの傍にいれる限り、できるだけのことをしてあげたかった。
もちろん同情とかではなく、2人だけしか知らないとっておきの思い出がつくりたいだなんて、恋人としての我儘な気持ちも少なからずあるけれど。

「ホントですか!?じゃあそれ全部、ミサトさんとアスカと、それにペンペンの分も…!」
「おいおい、まさか持って帰る気なのか!勘弁してくれ…」
「冗談ですよ…。それよりさっさとあっちの椅子に座ってご飯食べませんか?せっかくお味噌汁入れて用意しておいたのに、冷めちゃいますよ」
「はは、それもそうだな。さぁ、早く頂くとしよう」

 俺とシンジは顔を見合わせ、どちらともなく笑った。
テーブルの上にはもうすでに、温かで美味しそうなふたり分の夕食が並べられている。





End.

2012.08.06



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