「気持ち悪い」
その手を離して。寒気がする。
あたしをオカズにして、汚いもん出したその手であたしのこと触らないで。
泣きながら女の首を絞めるなんて趣味が悪い。やっぱりこんなやつ全然好みじゃないわ。
どうせあんたも思い通りになんてならないもの。コントロールが効かない。
みっともないし、格好悪い。まぁ、それは私も同じか。どこにでもいるようなできそこないだから。
自分本位で融通の利かない大人たちの、わけのわからぬ陰謀と思想に翻弄されて、紆余曲折した果てに残された―――もくろみ外れもいいとこよね―――…最初の一部分。
よりによって…シンジなんかと。これからどうなるんだろう、みんなもういないのに。ふたり以外。
正気の沙汰とは思えない。仮にもしいまが全部、悪い夢だったのなら、そこに希望はあるんだろうか。
あたしがあたしであること、生きていられるのが信じられなかった。
ずいぶんと世界は奇妙な方向へねじれてしまっている。なのに、とても自由な気がした。
かつてこの地上に生命の息吹が感じられたことが嘘だったような森閑さが辺りに満ちているのが、周囲を見渡さなくてもわかる。
「…生きてる」
力なく、確かめるようにシンジがひとりごちた。なにもかも、どうやら現実らしかった。
すぐ近くで静かに波が浜に打ち上げる音がする。安心の音。暗い空に燦然と浮かぶ星がきれい。
密やかな嗚咽はまだ続いている。そんなシンジを、あたしはただ傍観していた。ぬるい涙がぽたぽたとあたしの頬に落ちてくる。
ほんと、よくベソかくやつ。不興気な顔しちゃってさ、素直に涙を流せるあんたが羨ましい。
なによ。あたしだって泣きたい。けれど泣きかたを忘れてしまった子どもみたいにぼうっとしてしまって頭が追いつかなかった。感情が身体の外を彷徨っているような、それでいて宙に浮いてるような。
「散々ね…」
あたしがそう呟いたあとも、返事はかえってこない。
一発引っ叩いてやりたいところだけど、とてもそうする気にはなれなかった。疲れてるのかも。
それどころか、右手は自然とシンジの頬を撫でていた。それも、とびきり、優しく。掌全体に、シンジの体温を感じる。まだここに存在している痕跡を見出したいがために。しらじらしい馴れ合い。
ただ、そばにはいてほしかった。シンジの鼓動、シンジの気配。おかしくなったのはあたしか。
ふたり揃って、途方に暮れて、やり場をなくしてる。
「さっさとそこを退いて。あんたのアレしてるとこ、知らなかったことにするから」
乗っかられてたら重いのよ。人の重みなんていつまでも感じていたくない。
End.
2015.05.04
スポンサードリンク